キャリア
1 キャリアの定義
最近、職業や進路の代わりに、キャリア(Career)という言葉が使われます。
一般には経歴、履歴、専門職業、さらには人生、生き方などの意味に使われています。
もともと「キャリア」とは、中世ラテン語の「車道」を起源とし、英語では、競技場や競馬場におけるコースやトラックを意味するものであったそうです。
そこから人間がたどる航路、足跡、経歴、履歴などを意味するようになったとのことです。
職業に関連する心理学、教育学、社会学などでは多様な定義があるが、人の一生における経歴は一般に「ライフ・キャリア」と呼ばれ、そのうち働くことを切り口として表現する場合は「職業キャリア」と呼ぶのが一般的のようです。
また、働く場所や組織との関係で「キャリア・アンカー」(職業キャリアを送るうえでの碇)、「内的キャリア・外的キャリア」などの概念があります。
今日、学校教育、就職支援、能力開発、地域生活の世界で、人が生まれてから死ぬまでの人生を通じてキャリアを形成し、それをどう支援するかは大きな社会問題となっています。
その流れは「職業からキャリアへ」と言われていますが、そのキッカケとなった代表的なキャリアの考え方は、アメリカの心理学者スーパー(Super,D.E)によって示された考え方になります。
ここではその含意の要点を示すことになります。
キャリアという用語が持っている最も基本的な「意味とその広がり」を最もよく示しているからになります。
キャリアは次のような今日的な意味を持っています。
①キャリアとは、人生を通じた一連の出来事を繋いだものになります。
「人生を通じた一連の出来事」とは、出生、小学、中学、高校、大学などの生徒・学生、就職、結婚、子どもを持つ、転勤、昇進、転職、職業からの引退、地域生活への参加等になります。
人は人生を通じて子ども、生徒や学生、働く人、親、家族、社会人、老人などの役割を演ずることによって個人的にも社会的にも責任を果たしていくという意味を表しています。
②キャリアとは、自己発達の全体の中で、労働への個人の関与として表現される職業と、人生の他の役割の連鎖になります。
キャリアは職業だけではありません。職業と上記のような人生の他の役割を繋いだものになります。
しかし、人生の中でキャリアの中核となるものは、時間的長さやその影響の大きさからいっても職業や広い意味の「働く」ことになります。
そして職業とは、人が働くことを通じて自己発達することを意味しています。
③キャリアとは、青年期から引退期に至る報酬、無報酬の一連の地位であります。
一般に職業は、それによって報酬を得る、一定期間継続している、何らかの意味で社会に貢献することの3つの用件が無ければ職業とは言わないとされています。
しかし、キャリアは、ボランティア活動、いろいろな社会貢献活動、あるいは家庭生活を維持したり、親の介護をする家庭人など報酬を伴わない労働も含まれるという意味になります。
社会、経済が変化し多様な働き方が求められる今日、「職業からキャリアへ」を端的に意味していることになります。
④キャリアには、学生、雇用者、年金生活者などの役割や、副業、家族、市民の役割も含まれます。
要約すると、これらの役割があるときは重なり、あるときは集中してやってくるものであり、それがキャリアであり、それが人生だという意味になります。
2 キャリア・ガイダンスの定義
キャリア・ガイダンス(Career Guidance)とは、キャリアに関するガイダンスになります。
ガイダンスとは、もともとアメリカの学校教育における生徒や学生の指導として発達したそうです。
その内容は「発達段階のさまざまな局面における個人の自己理解や個性・長所の伸張、主体的な選択・決定や問題解決、集団や社会への適応を促進し、社会的な自己実現を援助する開発的、予防的な援助活動」になります。
ガイダンスは、主に学校教育の場面で、キャリア・ガイダンスとしての進路指導と、生徒、学生の問題行動予防に対する生徒指導として発達してきました。
1950年代までのアメリカにおける最も代表的なキャリア・ガイダンスの定義は次のようなものになります。
「個人が一つの職業を選び、それに向かう準備をし、その生活に入り、かつその生活において進歩するように、個人を援助する過程である。将来の計画をたてキャリアを建設していく間に含まれる満足な職業適応を実現するのに必要な決定や選択をなす個人を助けるのが、その主な仕事である」(アメリカ職業指導協会 1937)。
この定義に示されたキャリア・ガイダンスは、爾来今日まで就職支援における「職業指導」の理論と実践の基本となっています。
1950年代以降、研究でも実践でも「職業からキャリアへ」という概念の拡大が行われ、心理学者スーパー(Super,D.E.)などを中心として次にように「職業指導の再定義」が行われました。
「キャリア・ガイダンスとは、個人が自分自身と職業の世界における自分の役割について、統合されかつ妥当な映像を発展させ、また受容すること、この概念を現実に照らして吟味すること、及び自分自身にとっても満足であり、社会にとっても利益あるように、自己概念を現実に転ずることを援助する過程である」(全米キャリア開発協会 1951)
この定義に示されたキャリア・ガイダンスの内容は、今日の学校教育におけるキャリア教育、就職支援における職業指導、職業能力開発におけるキャリア・コンサルティングの基本として定着しました。
その後今日まで、「包括的キャリア・ガイダンス」としてその範囲と内容を広げ、ガイダンスの重点を、
①意思決定への援助
②自己概念へのかかわり
③ライフスタイル、価値観、余暇へのかかわり
④自由な選択の尊重
⑤個人差の重視
⑥変化への柔軟性と対応
などへと広げています。
3 キャリア・カウンセリング
キャリア・カウンセリングとは、キャリア・ガイダンスを行う流れの中で使うカウンセリングになります。
アメリカにおいても1960年代までは「職業カウンセリング」(Vocational Counseling)と同義語として使われていたようです。「職業からキャリアへ」の流れの中で1980年代以降キャリア・カウンセリングとして定着してきました。
キャリア・カウンセリングの定義として最も代表的なものは次のような定義になります。
「職業及びキャリア・カウンセリングとは、職業(occupation)、キャリア(career)、生涯にわたるキャリア(life career)、キャリアの意思決定、キャリア計画その他のキャリアは開発に関する諸問題やコンフリクトについて、資格を有する専門家が個人または集団に働きかけ、援助するカウンセリンングである,」(全米キャリア開発協会 1982)
この定義には、カウンセリングが「どれを選ぶかの個人と職業のマッチング」から、「どのようにして選び、発達する個人へ」のシフトの転換、カウンセラーの専門性、集団への働きかけなどカウンセリングの「厚さと広がり」が求められています。
カウンセリングには、いろいろな理論があり、理論に基づくカウンセリング手法があります。
カウンセリングを受ける人の感情、認知、行動を動かすのか、或いは個人と環境の相互作用によるのか、人間の発達にそって成長を支援するのかなどいろいろあります。
その中でキャリア・カウンセリングは、一つのカウンセリング理論や手法にだけよるのではなく、すべてを取り込んだ「包括的アプローチ(comprehensive approach)」をとるのが特徴となっています。
特定の理論だけにはとらわれないという「深さと広がり」を持っています。
4 キャリア・コンサルティングの定義
2000年代に入って技術革新の進展、産業・職業構造の変化、労働者意識の多様化、正規労働者、非正規労働者の分離、労働移動の増加、職業能力のミスマッチの拡大などが急速に進展しました。これに対応するために、職業能力開発の重点を「労働者の職業生活設計に即した自発的な職業能力開発(キャリア形成)と、これに資する職業能力評価制度の整備」に置く必要性が高まり、2001年「雇用対策法」、「職業能力開発促進法」の大改正が行われました。
この新たな職業能力開発政策の中心をなすものが、労働者に対する「キャリア・コンサルティング」になります。その中で「キャリア・コンサルティング」は次にように定義されています。
「労働者が、その適性や職業経験等に応じて自ら職業生活設計を行い、これに即した職業選択や職業訓練等の職業能力開発を効果的に行うことが、個別の希望に応じて実施される相談その他の支援をいう」
具体的には、労働者に対してキャリア・カウンセリング、さらに自己理解、職業理解、職業を経験してみる啓発的経験、職業訓練を受けるなどの方策の実行、職場への定着支援などのキャリア・ガイガンスを行うことになります。
すなわち、事業主が、自分の会社で働く労働者が自分の職業生活設計を立て、職業経験や職業訓練を受け、キャリアを形成するように支援する「労働者に対するキャリア・カウンセリングとキャリア・ガイダンス」を求めていることになります。
同時に、キャリア・コンサルティングを行うにあたって、事業主に次のような措置を行うことを求めている(厚生労働省告示・事業主が講ずる措置に関する指針 2001)。
①労働者に対する情報の提供、相談の機会の確保その他の援助
②労働者の配置その他の雇用管理についての配慮
③教育訓練休暇など労働者に対する休暇の付与
④労働者が教育訓練を受けるための時間の確保
⑤その他事業所内へのキャリア・コンサルタントの配置、活用など
キャリア・コンサルティングは、このように、わが国の社会、経済の変化によるニーズに対応するための職業能力開発政策、広くは雇用政策の一環として開始されました。
そのためキャリアコンサルタントには共通の知識とスキルが国の基準として求められ、養成が行われてきました。
標準レベルのキャリアコンサルタントは、民間の自由と自主性を重んじ、民間の養成機関が養成と資格の認定を行い、熟練レベル、指導者レベルは、厚生労働大臣が直接試験と認定を行う技能検定制度により資格認定が行われています。
2002年養成、認定が官民一体ととなって開始されてから2012年現在、キャリアコンサルタントは6万数千人に達していると言われています。
キャリア・カウンセリングやキャリア・ガイダンスは、前世紀初頭以来アメリカ社会で生まれ、社会の変化に沿って「職業からキャリア」という大きな流れの中で発展し、それが太平洋戦争後、わが国の教育、就職支援の現場に理論、実践、行政制度として定着してきました。
これに対し、キャリア・コンサルティングは、アメリカ生まれのキャリア・カウンセリングやガイダンスの理論、実践スキル、多くの知見を取り込んだ「日本のキャリア・カウンセリング、ガイダンス」だと言えます。
《引用・参考文献》
1.木村 周「キャリア・コンサルティング 理論と実際」 2010 一般社団法人雇用問題研究会
2.日本産業カウンセリング学会「産業カウンセリング辞典」 2008 金子書房