心理社会的発達理論

「心理社会的発達理論(psychosocial development)」は、ドイツ出身で後にアメリカ国籍を取得した発達心理学者で精神分析家のエリク・ホーンブルガー・エリクソンが提唱しました。

エリクソンは1902年、デンマーク系ユダヤ人の母親からドイツで生まれましたが父親は不明です。幼い頃から受けてきた差別と父親の所在が不明という状態は、エリクソンの思想や理論に大きな影響を与えました。

エリクソンは、「アイデンティティ」の考案者といわれ、彼が提唱した「アイデンティティ」という概念は、「自我同一性」とも言われ、「自分は何者であるのか」という問いに象徴され、状況や時期などによって変わることのない「自分は自分である」という自己認識として確立されることを明確な答えとしています。
それは、青年期の発達課題であり、アイデンティティを獲得するまでの社会的猶予期間は心理的モラトリアムと呼ばれています。【心理社会的発達理論】は、基本的には、人間の心理は、周囲の人々との相互作用を通して成長していくという考えです。

【心理社会的発達理論】には発達段階があり、人間の一生を8つの段階にわけ、その段階ごとに心理的課題と生涯(危機)、課題達成により獲得できる要素(力)を分類したものとなっています。
「発達課題(development task)」と呼ばれることもある心理的課題は、「◇◇対□□」というかたちで表されます。人間は、生涯どの時期においても発達し、どの段階においてもクリアすべき課題とクリアするための障害(危機)となるものが存在し、障害(危機)を乗り越えた時に得られる要素(力)も定義されています。
また、発達段階で関わる人物や具体的に何を通して課題をクリアしていくのかということもまとめられています。

【心理社会的発達理論】における8つの段階を順番に一つずつ確認していきます。

エリクソンの発達段階1:乳児期
「乳児期」という発達段階は、およそ生後~18カ月までの間にあたります。
乳児期に直面する心理社会的危機は「基本的信頼 対 不信」です。

人間の赤ちゃんは無力で、ひとりでは生きることはできません。
乳児期には多くの時間を母親と過ごすことになります。
泣いて助けを求め、母親をはじめとする周囲の人から世話されることで育ちます。
母親がしっかりと不快や不安のような負の感情を取り除くことができれば、また、周囲から適切なケアを受けられれば、赤ちゃんの中で母親等に対する基本的信頼感と周囲の世界への信頼感が構築されるでしょう。
「みんなは自分を助けてくれる」という気持ちです。
うまくいけば、「希望」という力を得られます。基本的信頼感を獲得できたことは、希望を胸に、今後出会うこととなる様々なものを信じる事が可能となります。

それに対し、基本的信頼感を得られなかった場合、負の感情は消えず、基本的不信感を持ち続けることになります。泣いても誰が来てくれるわけでもなく、誰も世話してもらえないという状態の場合 赤ちゃんは世界に対する不信感を抱き、「誰も自分を助けてくれない」と思うようになります。
そのため、赤ちゃんに適切なケアが行なわれないと、負の感情は消えず、基本的不信感を持ち続けることになり、その子の人生観が大きな悪影響を受けてしまうと考えられているのです。

エリクソンの発達段階2:幼児前期
「幼児前期」は、およそ18カ月~3歳までにあたります。
直面する心理社会的危機は、「自律性 対 恥、疑惑」となります。

幼児前期の子どもは、話はじめたり歩きはじめたりします。
中にはとても活発な子もいて、周りを見ずに、親の注意も聞かずに突然走り出したり、どんなことも嫌がるなどいう話はよく耳にします。
赤ちゃんの頃は、食事や排せつ、着替えなどで周わりの手を借りていましたが、積極的な挑戦や親のしつけによって、自分で食事ができるようになったり、下着や洋服の脱ぎ着も徐々に自分でできるようになっていく時期です。失敗したらどうしよう、怒られたらどうしよう、できるかな?と不安になるのが自律性を得るための段階で出てくる課題となります。
その不安を自律性に変えるために、親がチャレンジの機会を与え、適切なタイミングで手伝ってあげれば、子どもは自信をつけて、自分でやってみる、やってみたいという意思を獲得し、さらにいろいろやってみようという気持ちになれば自律性を育むことになるでしょう。

しかし、親が甘やかして、何でも先回りしてやってあげたり、せっかく挑戦したのに失敗したからといって子どもを過度に叱ったりすれば、子どもの自主性は育たず、むしろ羞恥心を覚えてしまい、新しいことに挑戦しようという意欲は生まれづらくなってしまいます。
失敗しても自分自身を受け入れてくれる環境を与えることが、自律性を育てます。

エリクソンの発達段階3:幼児期後期
3~5歳頃は「幼児期後期」にあたり、心理社会的危機は「積極性 対 罪悪感」になります。

保育園や幼稚園に通い始めて、友だちと活発に遊ぶ時期になります。
まわりの世界に対して強い興味をもちはじめ、いろいろなことに疑問を持ちはじめて「なんで○○なの?」という質問を連発したり、ままごとやごっこ遊びをしたりします。
とてつもないエネルギーがあり余っている状態です。
色々なことに興味を示す時期で、親から注意される、やってはいけないだろうなと思いながらも、積極性が勝ると自分がそれをしたい理由がわかり目的を持てるようになります。

こういった子どもらしい様子や行動に対し、親がうっとうしがる態度を見せたり、過度に厳しいしつけを施したりすると、子どもは罪悪感を覚えてしまいます。
公共の場所での適切なふるまい方を教えるなど、適度なしつけは必要ですが、積極性と罪悪感のバランスをうまく取る事ができれば、こどもは心理社会的危機を克服し、目的という意識を獲得する事ができます。目的を持つことは他の事にも応用されていきます。

エリクソンの発達段階4:学童期
おおよそ5~12歳は「学童期」になります。
克服するべき心理社会的危機は、「勤勉性 対 劣等感」になります。

この時期は幼稚園や小学校に通い始め、学ぶ事の楽しさを知る時期です。
学校の授業を受けるだけでなく、学期中であったり、夏休みのような長期のお休み中でも、こなすべき宿題が次々に出されるので、いかに上手く「計画的に課題を仕上げ、提出する」ことを覚えるようになります。それを繰り返すことで自信がつき、自分には「能力」があると理解する事になります。

ただ、勉強が最初から得意な子どもばかりではなく、数の概念が理解できなかったり、計画的な勉強のやり方がわからなかったりして困っている子どももいます。
集団で生活するようになり、同じ年齢の他人と自分を比べて、自分が劣っていると感じる場面もあるはずです。
ただ、自分は劣っているから諦めるのではなく、周りの友人に負けないように頑張ろうと努力することで劣等感がなくなります。そこで得られるものが自分にもできるんだという有能感です。
勤勉することで成功体験が得られると自信がつきます。
これは子どもを育てていく上で大切な感情になります。

周囲の大人も適切なサポートせずに、ただ叱るだけだと問題は解決しないで、子どもは自分にはできないと劣等感を抱き、後の人生に暗い影を落とすことになります。
子どもが劣等感を抱かず、かつ傲慢にもならないよう、適度にほめたりアドバイスしたりする必要があります。

エリクソンの発達段階5:青年期(思春期)
12~18歳頃は「青年期」または、思春期とも呼ばれます。
立ち向かうべき心理社会的危機は、「同一性 対 同一性の拡散」になります。

いわゆる思春期にあたる青年期は、「自分って何なんだろう」、「これから将来、どうやって生きていこう」など、自身について特に思い悩むときです。
ほとんどの方が、「自分は何がやりたいんだろう?」、「『自分らしさ』って何なだろう?」など、さまざまなことを考えた経験があるのではないでしょうか。
何か「自分自身はこういう人間だ」というある程度の確信が持てるようになれば、アイデンティティが確立され、忠誠という力が獲得できます。
自分自身の価値観を信じて、その事に対して貢献しようとすることが忠誠という事です。
例えば、「有害なゴミを出さないようにしよう、自然環境を守ることが地球に住む生物としての責任」などと強く思い、行動することが該当します。

一方で、アイデンティティを確立することができないと、「何のために自分は生きているのだろう?」、「自分は何がしたいのだろう」などと悩み続ける事になります。
まわりとの環境の中で、自分の居場所を見つける事ができると、アイデンティティは確立しやすくなるでしょう。

エリクソンの発達段階6:初期成人期
18~40歳頃は、「初期成人期」と呼ばれています。
乗り越えるべき心理社会的危機は「親密性 対 孤独」になります。

生まれた家庭や学校、地域などを離れ、多くの人々と関係を築く時期になります。
自分を確立していき、友人や社会、恋愛などにおいて信頼できる人たちとの中を深めていく時期にもなります。
恋愛を経て結婚に至る人もいるでしょう。
新しい家庭であったり、友人との長期的、かつ安定的な関係を通して、自分が自分を受け入れ、本当に信頼できる人と関わることにより、獲得する事ができるのが愛になります。
愛を獲得する事は幸福な人生を送ることに繋がります。

しかし、人と積極的に関わることをためらったり、長期的な人間関係を築くことを怠ったりすると、人間は孤独になります。こうなると、自分の家庭を築くことが難しくなってしまうでしょう。

また、自分が受け入れられるか、否定されたときにどうするかという点でも孤独に立ち向かう事となります。
ここで、アイデンティティが確立されていないとネガティブな状態になってしまうこともあります。

エリクソンの発達段階7:壮年期
40~65歳頃は「壮年期」と呼ばれています。
克服するべき心理社会的危機は「次世代育成能力 v対 停滞」になります。

「次世代育成能力」などと訳されますが、こちらは「ジェネラティビティー」というエリクソンによる造語のことになります。
中高年世代が、次世代の支援・育成に積極的に関わろうとすることをあらわしており、子どもを育てたり、職場の後進を育成したりなど、後の世代に貢献することになります。
残された自分の時間やエネルギーを、子どもや若者に使うことで生きがいを感じるという人も多いのではないでしょうか?
次世代を見越し、次世代を支えていくもの(子ども、新しいアイデア、技術など後世に貢献できるようなこと)を生み、育み、積極的に関心を持って、自分の価値観の押し付けではなく、経験から後輩に伝える事を考え、行動することなど、次世代へ貢献することにより、私たちは「世話」という力を獲得する事ができます。

一方、世の中に全く関与せず常に自分のことだけを考えて生きているような状況は「停滞」と呼ばれます。
壮年期にはいると、「何か世界に自分の足跡を残せただろうか」と考える人もいるのではないでしょうか。
何も次の世代に残せずに「停滞」していると感じていると、次にくる「老年期」で辛くなるかもしれません。

エリクソンの発達段階8:老年期
最後は、およそ65歳以上を指す「老年期」と呼ばれています。
乗り越えるべき心理社会的危機は「自己統合 対 絶望」になります。

多くの人が仕事を定年退職して、老後の生き方を模索している状況ではないでしょうか。
寿命を前に、今までの人生を振り返るなんてこともあるのではないでしょうか。
これまでの7つの発達段階で、心理的社会危機をクリアして、たくさんの力を獲得できた満足のいく人生でしたでしょうか。
死後に残るものはあるでしょうか。
これら全ての質問にうなずけるのであれば、最後に「賢さ」を獲得できます。
自己統合が絶望を上回ると、これまで生きてきた知恵を下の世代に受け継ぐことができ、より良い老後を過ごすことができます。

「よい人生だった」と思えるかどうかによって、この時期は変わってきます。

人生に満足できずに多くの後悔の念を抱えていたら、それぞれの発達段階に対して「こんなはずじゃなかった」という気持ちが強いと、人生をやり直したくなったり、自身の老いに絶望したり、老後に大きな不安を抱えている場合、精神疾患を発症したりして、穏やかな余生を送るのは難しくなります。

以上が【心理社会的発達理論】における8つの段階になります。


投稿日: 2021年1月25日 | カテゴリー: 心理学用語